甲府地方裁判所 昭和25年(ワ)118号 判決
原告 志村興起
被告 土橋克己 外一名
一、主 文
被告土橋は原告から金三十一万八千七百円の支払を受けるのと引換に原告に対し別紙<省略>第二目録記載の建物を引渡すべし。
被告等は各自原告に対し昭和二十五年三月十一日から同年七月六日に至るまで一箇月金九十円の割合による金員を支払うべし。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告等の負担とする。
この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告土橋は原告に対し別紙第一目録記載の土地に建設された同第二目録記載の建物を収去して右土地を明渡すべし。被告等は連帯して原告に対し昭和二十五年三月十一日から同年八月十五日に至るまで右土地の内三十坪につき一箇月一坪当金三円の割合、同月十六日から右土地明渡済に至るまで右土地につき一箇月一坪当金十円五十七銭の割合による各金員を支払うべし。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求めその請求の原因として――、別紙第一目録記載の宅地二百三坪は原告の所有であるが、原告はその内同目録記載の部分を昭和二十一年一月十五日被告小沢に対し一時的に店舗を設置する目的で賃料は一箇月一坪当金三円の割合により毎月二十五日限り翌月分を前払する約で期間を定めず賃貸した。被告小沢は間もなく右地上に別紙第二目録記載の建物(もつとも後記増築部分を除く。)を建設したがその後原告の承諾を得ないで右建物及び右賃貸借上の権利を被告土橋に譲渡した。被告土橋は原告に対抗し得るなんらの権原もなくしてそれ以来右建物を所有し且つその後その西南部に四畳半及び三尺四方の押入を増築して右土地を占有している。原告はこれを昭和二十五年三月初旬に至り初めて確認したので同月十日到達の内容証明郵便を以て被告小沢に対し右権利の無断譲渡を理由として賃貸借契約解除の意思表示をなした。よつて右賃貸借は同日限り終了し被告小沢は原告に対し右土地明渡義務を負担したのに、その履行を遅滞し又被告土橋は右土地を不法に占有し、いずれも原告の所有権に基く右土地の使用収益を妨げ原告に賃料相当の損害を蒙らせている。そして右賃料は昭和二十五年八月十五日地代家賃統制令の改正により一箇月一坪当金十円五十七銭を以てその統制額とするに至つた。そこで原告は被告土橋に対し所有権に基き右建物(前記増築部分を含む。)の収去及び右土地の明渡を求めるとともに被告等に対し右土地につき右賃貸借終了の日の翌日たる昭和二十五年三月十一日から同年八月十五日に至るまで約定賃料相当の一箇月一坪当金三円の割合、同月十六日から右土地明渡済に至るまで右改正の賃料統制額相当の一箇月一坪当金十円五十七銭の割合による各損害金の連帯支払を求めるため本訴に及んだ。なお原告が前記のように民法第六百十二条に基き解除権を行使したのは次の事情による。即ち右土地は原告の現在使用している前記宅地二百三坪の一部であつて、原告において自ら使用する必要があり他に貸与することを望まなかつたところ、原告と親交のある剣持正命及びその母の懇請黙し難く被告小沢にだけ一時使用させることを眼目とし原告の請求次第何時でも明渡すべき旨を特約して賃貸したものであつて特に濃厚な人的信頼関係に基いた。しかるに被告小沢は原告の承諾を得る見込がないことを篤と承知しながら譲渡代金の高額なのに眩惑され、利慾に駆られて右建物を被告土橋に譲渡し(建築実費にすれば五万円足らずであつたのに右代金額は七万五千円であつた。)原告との信頼関係を蹂躙した。原告はもと甲府市内有数の菓子商であつたが戦災のため経営不振に陥り加えて経済統制のため経営規模を縮少するを余儀なくされたが将来旧に倍して営業を拡張発展させる計画を有し又多数の子女を擁するため住宅を建設する必要もあるところ、これらの計画等を実現するには右土地を利用する外に途がないから右土地の借主が変更することによつて重大な支障を生ずるのである。以上の次第であるから前記解除権の行使はまことにやむを得ない事由によるものであつて、もとより正当な権利行使である。――と述べ、被告の抗弁に対し――、原告が被告等主張日時被告等主張のように賃料を増額し被告小沢からその支払を受けたことは認める。原告の前記解除権の行使が仮に制限を受けるようなことがあつたとしてもその結果は原告と被告小沢との間の本件賃貸借関係が存続することになるに止まり、被告両名間の右賃貸借上の権利譲渡を以て原告に対抗し得ることにはならない。そして被告土橋は本件建物の買取を請求するけれども本件賃貸借は前記のとおり一時使用のために設定されたものであるから、借地法第十条の適用がなく被告土橋には右請求権はない。仮にそうでないとしても被告主張のように借地権の存在及び価額を時価算定の標準に加えるのは不当であつて「地上物を地上に存在させた状態における時価」によるべきものである。又被告土橋が前記のように増築した部分は権原によらずして土地に附著させたものであるから原告において買取るべき義務はない。――と述べた。<立証省略>
被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め答弁として――、別紙第一目録記載の宅地二百三坪が原告の所有であること、被告小沢が右土地の内原告主張の部分を原告主張日時原告から原告主張のような賃料の定めで期間を定めず賃借し右地上に原告主張の建物を建設所有するに至つたこと、被告土橋が被告小沢から右建物及び右賃貸借上の権利を譲受け原告主張のように増築を施したこと、原告から被告小沢に対し原告主張のような内容証明郵便が到達したことは認めるがその余の原告主張事実は全部否認する。原告及び被告小沢間の右賃貸借は建物所有を目的とするものであつて臨時施設その他一時使用のために設定したものではない。なお被告土橋において右建物及び賃貸借上の権利の譲渡を受けたのは昭和二十四年九月下旬である。――と述べ、抗弁として――、原告は昭和二十四年十二月中右賃貸借上の権利の譲渡について承諾を与えその代り賃料を年額金三千円に増額した。そこで被告土橋はやむを得ず右増額を承諾し同月末頃被告小沢を通じてこれを原告に支払つた。仮に右承諾がなかつたとしても原告は承諾を拒否するについて正当な事由を有しない。即ち原告は本件土地の外に手近なところでは本件土地に隣接して空地を有し、家族の住宅を必要とするならば右空地を利用すれば足り、なにも莫大な費用を投じて建設された本件建物の収去を求めるに及ばない。もしこれを収去するにおいては社会経済上の利益に反すること甚大なものがある。従つて右承諾のないことを前提する原告の本訴請求は全く失当である。仮に以上の抗弁に理由がないとすれば被告土橋は原告に対し本訴(昭和二十五年七月六日午前十時の本件口頭弁論期日)において本件建物を時価相当額を以て買取るべきことを請求する。従つて右買取請求により同日原告と被告土橋との間に本件建物につき右時価を代金とする売買契約が成立したと同一の効果を生じ、右建物所有権は原告に移転したから被告土橋は右建物収去の義務を免れ、右建物引渡義務を負担するに至つたところ、同時履行の抗弁権及び留置権により右代金の支払を受けるまで右建物引渡義務の履行を拒み又その結果として爾後右建物の所在する本件土地の引渡をも拒むものである。そしてなお右建物の時価算定には右借地権の存在及び価額をも基準に加えるべきである。――と述べた。<立証省略>
三、理 由
別紙第一目録記載の宅地二百三坪が原告の所有であること、原告が昭和二十一年一月十五日被告小沢に対し右土地の内同目録記載の部分(本件土地)を賃料は一箇月一坪当金三円の割合により毎月二十五日限り翌月分を前払する約で期間を定めず賃貸したことは当事者間に争がない。原告は右賃貸借が建物の所有を目的としたものであることを明らかに争わず、一時使用のために設定されたものである旨主張するので按じるのに、証人剣持正命及び志村晃の各証言並びに原告本人尋問の結果を併せ考えると原告は本件土地に三男志村晃のため住宅を建設する意向を有したので他に賃貸することを好まなかつたが、剣持正命等の懇請を黙し難く遂に被告小沢に対し原告において必要を生じたときは何時でも明渡すべき旨の特約を付して賃貸するに至つたことを窺うことができるけれども、右各証拠によれば被告小沢は右土地に店舗を建設して商売を始める目的で賃借の申入をしたこと、従つて土地使用の目的は決して臨時的性質のものでなかつたこと、一方原告は当時住宅建設の意向をにわかに実現し得る用意がなかつたことを認めることができるから、地上に建設する建物の構造等に制限を設け存続期間について特に短期を定める等特段の事情も認められない本件にあつては賃借人を期間的に保護する必要が全くないとは認め得ないのであつて、一時使用のため賃貸借を設定したものであることは必ずしも明瞭ではないと謂うべきである。よつて原告の右主張は採用に値しない。
そして被告小沢がその後本件土地に別紙第二目録記載の建物(但し後記増築部分を除く。)を建設所有するに至つたこと、ところが被告小沢が被告土橋に対し右建物並びに右賃貸借上の権利を譲渡したことは、当事者間に争がなく、右譲渡の日時が昭和二十四年九月頃であることは被告土橋本人尋問の結果によりこれを認めることができる。被告等は原告が同年十二月中賃料を年額金三千円に増額して右賃貸借上の権利の譲渡を承諾したので、被告土橋においては被告小沢を通じて賃料を支払つた旨を主張し、原告は右賃料の増額の事実並びに右賃料を被告小沢から受領した事実を認めて争わないけれども、原告が右賃料の増額を条件に権利の譲渡を承諾したことについてはこの点に関する証人小沢俊の証言並びに被告土橋本人尋問の結果は後記各証拠に照してたやすく信用することができず、又右各供述によつて真正に成立したと認める乙第一号証の一、二は採つて以てこの点の証拠となし得ないのみでなく、証人剣持正命及び志村晃の各証言並びに原告本人尋問の結果によれば寧しろ原告は昭和二十四年九月頃以来被告小沢の子小沢俊、前記剣持から右権利の譲渡につき承諾方懇請を受けていたが終始これを拒絶していたこと、そして同年十二月中に至るや当時税金の引上等の事情があつたので原告は被告小沢に対し賃料の増額を申入れその承諾を得てこれを受領したに過ぎないこと、その間原告は既に権利の譲渡があつたことを確知せず昭和二十五年一月に至り漸くこれを確認したものであることを認めるに難くないのである。してみると被告両名間における右賃貸借上の権利の譲渡はこれを以て賃貸人たる原告に対抗し得ないものと解する外はない。そしてこの場合仮に原告の承諾拒絶が正当な事由に基かないものであつたとしても、これを以て承諾があつたものと看做すべき法律上の根拠は遂に発見するに至らないのであつて、これと相容れないように窺われる被告等の後記見解は採用の限りではない。
しかるところ原告が昭和二十五年三月十日到達の内容証明郵便を以て被告小沢に対し右権利の無断譲渡を理由として賃貸借契約解除の意思表示をなしたことは当事者間に争がないから、右賃貸借はこれにより同日を以て終了したと謂うべきである。もつとも被告等は原告が本件土地に隣接して宅地を有し家族の住宅を必要とするならば右空地を利用すれば足り莫大な資本を投下した本件建物の収去を求めるに及ばないから、原告の前記承諾の拒否は正当の事由を具えない旨を主張するので、これを推すときは原告の右解除権の行使が権利の濫用である旨の主張を包含すると解せられないではない。よつてこの点について按じるのにおよそ賃借人が賃貸人の承諾を得ないで、その権利を譲渡し第三者をして賃借物の使用収益をなさしめたときは賃貸人が契約解除権を取得すべきことは民法第六百十二条の規定するところであるが右解約権の行使が信義誠実の原則(同法第一条第二、第三項参照。)によつて制限を受けることがあるのも亦多言を要しない。しかしながら同法第六百十二条第二項が賃貸人に解除権を与えたのは元来賃貸人に対抗し得ない無効の譲渡行為に基き譲受人たる第三者をして賃借物の使用収益をなさしめることが賃借人の使用収益権の範囲を逸脱し違法な使用収益をなすものであることに根拠を有すると解するから、賃貸人の解除権行使が権利の濫用にあたる場合とは賃借人において第三者に賃借物を使用収益させることがなお賃借人の使用収益権の範囲を逸脱するものと認められないような特種の場合でなければならない。これを本件についてみると賃借人たる被告小沢は地上建物を本件土地の賃貸借上の権利とともに挙げて被告土橋に譲渡したのであるから自ら本件土地の使用収益関係を離脱したと謂うべく、このような事態は特に反対の事情がない限り賃借人の使用収益権の範囲を逸脱したものであると推認するのが相当であつて、被告等の主張のような事実が仮にあつたとしても右推認を覆すに足りないのである。果してそうだとすれば被告等の右主張の理由がないことは自明である。
しかるに被告土橋が前記建物及び賃貸借上の権利を譲受けて以来、本件土地を占有し更に右建物の西南部に四畳半及び三尺四方の押入を増築したことは当事者間に争がないから、被告土橋は原告に対抗し得る占有権原のないことにより、又被告小沢は賃貸借の終了によりいずれも原告に対し本件土地をその地上建物を収去のうえ明渡すべき義務があるのは勿論であつて被告土橋は不法行為により被告小沢は債務の不履行によりそれぞれ右賃貸借終了の翌日たる昭和二十五年三月十一日以降原告に対し本件土地の約定賃料相当額たる一箇月一坪当金三円の割合による損害を与えているものと謂うべきである。
それはそれとして被告土橋は賃貸借の目的たる本件土地の上に存する本件建物(但し前記増築部分を除く。)を取得したのに右土地の賃貸借上の権利の譲受について賃貸人たる原告の承諾を得なかつたものであるから借地法第十条に基く買取請求権を取得したと謂うべきところ同被告は本訴(昭和二十五年七月六日午前十時の口頭弁論期日)において本件建物(但し前記増築部分を含む。)を時価相当額を以て買取るべきことを請求した。よつて按じるのに借地法第十条に基く買取請求の目的物は賃貸借上の権利譲渡の当時賃借人が権原に基き借地上に所有する建物その他の土地の附属物に限るものであつて右権利譲受後第三者の所有に帰した物件はこれに属しないと解するのが相当であるけれど、第三者が譲受けた地上物件に若干の増改築を施しその部分がこれを撤去するときは従前の地上物件に相当の修繕を加える必要を生じ、これをしないでは著しく効用を減殺される虞があるような程度に附合された場合においては買取請求権制度の目的が一面建物の存続と謂う社会経済上の意図に出たものであることに臨み、第三者は右増改築部分の買取請求権を喪わないと解するのが却て右制度の目的に合致するのである。ところが本件建物の内前記増築部分は被告土橋が本件賃貸借上の権利を譲受けた後に増築したものに係り賃借人たる被告小沢が権原により本件土地に附属させたものでないことは前記認定のとおりであるけれども、検証の結果によれば従前の建築部分の効用を減殺される結果を生じないではこれを撤去することができないことが明らかであるから、本件買取請求の目的たり得るものと謂うべきである。原告はこれと相異する主張をなすが自ら排斥を免れない。従つて被告土橋のなした本件買取請求権行使の結果昭和二十五年七月六日本件建物全部につき原告と被告土橋との間に同日の時価を以て代金額とする売買契約が成立したと同一の効果を生じたと謂うべきである。そして右代金額について被告等は借地権の存在及び価格をも算定の基準に加えるべき旨主張し、建物の価格に表現されぬ借地権の価格が建物の価格から分離して独立の取引価格を有することは顕著な事実であるが、これを時価算定の基準に加えることは建物の買取請求権を取得した者が借地権をも正当に取得したとの誤つた前提を採らない限り許さるべくもないから、被告等の右主張は全く理由がない。しかしながら時価算定にあり地上物件を取毀ち動産として売買する価格によることはこれ又明らかに誤りであつて物件が地上に存在する現状において有する売買価格によるべきことは多言を要しない。しかるところ鑑定人雨宮大正の鑑定の結果に徴するときは本件建物の右時価は金三十一万八千七百円を以て相当とすることを明認するに足りるのである。
そうすると右買取請求により原告は右建物の所有権を取得したから被告等の原告に対する本件建物収去の義務はここに消滅し被告土橋において原告に対し右建物を引渡すべき義務を負担するに至つたが右義務は原告の同被告に対する代金三十一万八千七百円の支払義務と同時履行の関係に立ち又右買取代金債権は右建物に関して生じたものであるから被告土橋は右債権の弁済を受けるまで右建物につき留置権を行使し得べき筋合であつて、その結果同被告はいずれにしても右代金の支払があるまで右建物の引渡を拒み得べくこれに伴い当然にその敷地たる本件土地の引渡をも拒み得るものと謂うべきである。これを推論すれば被告小沢の原告に対する本件賃貸借の終了による建物収去土地明渡の義務不履行は昭和二十五年三月十一日から買取請求の日たる同年七月六日まで存続したに止まるし又被告土橋は原告から代金三十一万八千七百円の支払を受けるのと引換に原告に対し本件建物を引渡す義務があるが、同被告の原告に対する本件土地の不法占有による損害賠償義務は右と同一期間の損害についてのみ存在すること明らかである。そしてなお被告小沢の債務不履行による損害賠償義務と被告土橋の不法行為による損害賠償義務とは一方の弁済により他方についても免責の効果を生じる関係にはあるけれども、これが連帯債務の関係に立つべき法律上の根拠はない。
果してそうだとすれば原告の本訴請求は被告土橋に対する建物収去土地明渡の部分において交換的に給付を求める趣旨を明示しないけれども買取代金と引換に地上建物の引渡を求める請求を包含すると解し得るから、同被告に対し原告から金三十一万八千七百円の支払を受けるのと引換に本件建物の引渡を求め、被告等に対し昭和二十五年三月十一日から同年七月六日に至るまで本件土地の内三十坪につき一箇月一坪当金三円(合計金九十円)の割合による遅延損害金の各自支払を求める限度においてのみ理由があるとして認容すべきであるがその余は失当として棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 駒田駿太郎)